大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和44年(あ)2736号 判決 1971年4月22日

主文

原判決および第一審判決を破棄する。

本件を釧路地方裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意について。

原判決の維持する第一審判決の確定した事実によれば、被告人は、父盛本金次郎所有名義の第一二、三光丸(総トン数6.94トン)に船長兼漁撈長として乗り組んでいたものであるところ、野宮謙二ほか二名を同船に乗り組ませ、漁業権または入漁権に基づかないで、昭和四二年一〇月五日午前六時頃から同日午前九時三〇分頃までの間、国後島ノッテット崎西方約三海里付近の海域において、同船により刺し網約三〇反を使用してさけ約一七〇尾を採捕したが、この採捕にあたり被告人が刺し網を投網設置し、または揚網した海域(以下、本件操業海域という。)が国後島の沿岸線から三海里を越えていたかどうかは断定できないというのである。

そして、原判決は、(一)漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号の場所的適用範囲は、一般的にわが国民の漁業の操業が可能な海域と考えるべきであるが、外国の領海はかかる海域に属さない。(二)漁業法六五条一項一号、水産資源保護法四条一項一号に基づく命令における禁止の場所的適用範囲は、少なくともその命令において許可等(免許を含む。)による解除が留保されている場合には、その許可等の可能な場所的範囲と一致して考えられるべきであり、外国の領海は、当該外国との間の特別の取決め等があれば別であるが、これがない以上、許可等による禁止の解除が可能な海面ではないから、北海道海面漁業調整規則三六条の場所的適用範囲は外国の領海に及ばない。(三)外国の領海においては、わが国は漁業法一三四条等に基づく漁業取締りの実力を行使することができないものであり、このことも、以上のような解釈の一つの根拠となる。(四)漁業法および水産資源保護法は、いわゆる行政法規であり、明文の規定がなく、またはその目的ないし性格から明確にその趣旨が推認できない以上、その場所的適用範囲は外国の領海に及ばない。(五)ところで、国後島およびその領海は、領土的な帰属はともかくとして、現在ソヴイエト社会主義共和国連邦が属地的に統治し、わが国の統治権を行使しえない点で外国およびその領海と同一視することができ、それゆえ、以上に述べたような理由によつて、同島沖三海里以内の海面は、外国の領海と同様に、漁業法六五条一項一号、水産資源保護法四条一項一号、さらには北海道海面漁業調整規則五五条一項一号、三六条四号による規制の対象とされていない場所と見るべきであり、本件操業海域がかかる場所であることの可能性があり、国後島の沿岸線から三海里を越えた公海であることの証明がない以上、結局本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰する旨判示し、同様な理由により被告人に対し無罪を言い渡した第一審判決を維持し、検察官の控訴を棄却したものであつて、所論引用の札幌高等裁判所昭和四三年(う)第一一四号同年一二月一九日言渡の判決(高等裁判所刑事判例集二一巻五号六五四頁)と相反する判断をしたものであることは、所論のとおりである。

思うに、漁業法六五条一頂および水産資源保護法四条一項の規定に基づいて制定された北海道海面漁業調整規則(以下、本件規則という。)三六条の規定は、本来、北海道地先海面であつて、右各法律および本件規則の目的である水産資源の保護培養および維持ならびに漁業秩序の確立のための漁業取締りその他漁業調整を必要とし、かつ、主務大臣または北海道知事が漁業取締りを行なうことが可能である範囲の海面における漁業、すなわち、以上の範囲の、わが国領海における漁業および公海における日本国民の漁業に適用があるものと解せられる(本件規則前文、一条、漁業法八四条一項、昭和二五年農林省告示一二九号「漁業法による海区指定」参照)。そして、わが国の漁船がわが国領海以外の外国の領海において漁業を営んだ場合、特別の取決めのないかぎり、原則として、わが国は、その海面自体においてはその漁船に対する臨時検査等の取締り(漁業法一三四条参照)の権限を行使しえないものである。しかし、前記各法律および本件規則の目的とするところを十分に達成するためには、何らの境界もない広大な海洋における水産動植物を対象として行なわれる漁業の性質にかんがみれば、日本国民が前記範囲のわが国領海および公海と連接して一体をなす外国の領海においてした本件規則三六条に違反する行為をも処罰する必要のあることは、いうをまたないところであり、それゆえ、本件規則三六条の漁業禁止の規定およびその罰則である本件規則五五条は、当然日本国民がかかる外国の領海において営む漁業にも適用される趣旨のものと解するのが相当である。すなわち、本件規則五五条は、前記の目的をもつ前記各法律および本件規則の性質上、わが国領海内における同規則三六条違反の行為のほか、前記範囲の公海およびこれらと連接して一体をなす外国の領海において日本国民がした同規則三六条違反の行為(国外犯)をも処罰する旨を定めたものと解すべきである。

ところで、国後島に対しては、現在事実上わが国の統治権が及んでいない状況にあるため、同島の沿岸線から三海里以内の海面については、北海道知事が日本国民に対し漁業の免許もしくは許可を与え、または臨場検査を行なうことができないものであるとしても、また、かりに本件操業海域が同島の沿岸線から三海里以内であつたとしても、同海域は、前記範囲のわが国領海および公海と連接して一体をなす海面に属するものであるから、以上に述べたとおり、本件規則三六条によつて日本国民が本件操業海域において同条に掲げる漁業を営むことは禁止され、これに違反した者は本件規則五五条による処罰を免れないものと解すべきである。

しからば、被告人の本件所為に対し罪責を問いえないとした原判決および同旨の第一審判決は、いずれも法令の解釈適用を誤つた違法があるものである。そして、原判決が所論引用の札幌高等裁判所判決と相反する判断をしたものであることは、前示のとおりである。

よつて、刑訴法四〇五条三号、四一〇条一項本文、四一三条本文により、原判決および第一審判決を破棄し、さらに審判させるため、本件を釧路地方裁判所に差し戻すことにし、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。(岩田誠 大隅健一郎 藤林益三 長部謹吾は退官につき署名押印することができない)

検察官の上告趣意

第一 序説<省略>

第二 二審判決に至るまでの経緯<省略>

第三 上告の趣意

以上述べた原判決およびその支持する本件一審判決の判断は、高等裁判所の判例の趣旨に反するものであり、かつ原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な法令の違反があつて、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められるから、到底破棄を免れないものと思料する。よつて以下にその理由を述べる。

第一点 判例違反

札幌高等裁判所昭和四三年(う)第一一四号同四三年一二月一九日第三部判決(高裁判例集二一巻五号六五四頁)は、本件と同種事実関係の事案につき、クナシリ島の沿岸線から三海里以内における操業行為につき漁業法の適用があることを認めたうえ漁業法六六条一項、一三八条六号違反の罪の成立を認めているものである。本件一、二審判決は調整規則(引用者注・北海道海面漁業調整規則)違反の事実について同規則の適用範囲を判断しているものではあるが、右調整規則は漁業法および水産資源保護法に基づくものであるから、結局漁業法および水産資源保護法の適用範囲について判断しているものであつて、右両判決が右判例と相反する判断をなしたことは明白である。

すなわち、右札幌高等裁判所判決は、クナシリ島沿岸線より約2.5海里の海域で、ほたて貝を採捕した事案につき、右海域は外国領海と同視すべき地域であり、同地域には漁業法の適用はないとして、本件一、二審判決とほぼ同旨の理由により漁業法六六条一項、一三八条六号違反の成立を否定し、無罪の言い渡しをした原判決を破棄して同海域には同法の適用があり、右の罪が成立すると判示したのであるが、その理由として説示するところを要約すると、

1 漁業法は、その三、四条の規定する公共用水面またはこれと連接一体をなす非公共用水面について適用されるが、その意義は明確でないから、法の目的趣旨を勘案して決すべきである。

2 同法六六条一項は、所定の漁業を一般的に禁止する趣旨であつて本来属人的にも効力をもたせうる国家作用であるが、国がある行政目的のため、自国民に対し特定の行為を一般的に法律で禁止する場合、その場所的範囲を含む禁止の規模は、憲法の枠内で合目的的に決定しうるのであつて、必要があれば自国民の他国における一定行為を禁ずることも不可能ではなく、そのこと自体は他国の主権を侵すものではない。特定漁業などの範囲の海域について禁止するかも、わが国の漁業政策上の問題であり、国際法上当然に制約を受けるものではなく、外国にある国民に対し如何なる権力作用を及ぼしうるかは、特定行為の禁止とか実力による取締権の行使という当該権力作用の性質によつて異なることであつて、ひとしく行政作用に属するとの理由で、一律共通であるべきものではない。

3 漁業法六六条一項の目的は、限られた資源と漁場のもとで、乱獲を抑えて水産資源の適正利用を図るとともに、自由競争を制限して、沿岸漁業に頼らざるをえない多くの漁民を保護することにある。それには事実上操業可能な全海域を規制の範囲に含ませることが、最も右の目的にかなうことになるが、少なくとも当該海域での操業が、わが国の水産資源の適正利用と漁民保護とに相当の影響を有する場合には、これを同法六六条一項の適用範囲に含めるべき積極的な必要性が認められる。そして本件操業海域では、わが国漁民が沿岸漁業をすることがかなり容易であり、現にその操業も少なくないのであるから、北海道の沿岸漁業の調整上、同海域での操業は、到底無視できない大きな影響を持つているので当然右適用範囲に含まれる。

4 特定漁業の禁止およびその解除の範囲を決定するものは政策であり、禁止の範囲と許可可能な範囲は常に一致しなければならぬものではない。都道府県知事が外国領海について漁業法六六条一項の漁業を許可する権限をもたないからといつて、漁業調整上の一般的禁止の効力が属地的統治の及ぶ範囲内に当然限られると見る必要はない。

5 以上を総合すれば、漁業法六六条一項の漁業に関する一般的禁止の効力の及ぶ範囲は、わが国の現実に属地的統治を及びしうる水面に限られず、それと関りなしに、本件操業海域も含むとするのがもつとも合理的である。

としているのである。

すなわち、同判決の要点は、漁業法六六条一項は所定の漁業を一般的に禁止する趣旨を含むものであるが、同条の立法目的および漁業法の性格を考慮すれば、右一般的禁止の効力は、わが国民が事実上操業可能な全海域について、少なくとも、事実上当該海域における操業が、わが国水産資源の適正利用と漁民保護に相当な影響を及ぼす海域について、属人的に及ぶものと解するべきであつて、その効力の及び海域が外国領海であつても、右のように解することが決して当該外国の主権を侵すことにはならず、わが国にその海域における禁止を解除(漁業許可)する権限がなく、その海域における違法行為(無許可操業)を現実に取締まる権限がないことも右解釈を左右する理由とはならないという点にあるというべきである。

ところで、本件第一審判決および原判決の要旨は前記の通りであつて、その要点は、本件操業海域は外国の領海と同視すべき場所であるが、外国領海は当該外国が排他的に権限を行使しうるのであつて、漁業法が行政法規である以上、わが国が行政権限を行使しえない外国領海に漁業上の規制を及ぼすことはできないというにあると解せられるから、これら判決が右札幌高等裁判所判決と相反する判断をしたものであることは明らかである。

なお、原判決は、「水産資源の適正利用の見地からは、沿岸漁業の事実上可能なおよそ全海域を規制範囲とし、また漁民保護の立場からも、同様におよそ事実上操業可能な全海域を規制の範囲に含めるというのが最も目的に適すこととなる。したがつて、この行政目的を強調し、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号の場所的適用範囲を沿岸操業の事実上可能な全海域とし、少なくとも右の海域中そこでの操業がわが国における水産資源の適正利用ないし保護培養と漁民保護とに相当な影響を有する場合をこれに含ませるとすることにも、一応の理由があるといわなければならない」としながら、沿岸操業が事実上可能な全海域に漁業法六六条一項の規制が及ぶとの解釈は、結局一切の水域を規制対象とすることと同一であつて、右判決自体が漁業法の適用範囲は同法三条、四条の規定する公共用水面もしくはこれと連接一体をなす非公共用水面に限られるとしていることと矛盾するので、これを統一的に解決するためには、右規制の範囲は沿岸操業の事実上可能な地域ではなく、一般的に操業可能な海域と解するべきであると説示しているのである。

したがつて、結局、原判決は、右の「一般的に操業可能な海域」かどうかを判定すべき基準として、当該海域が外国の領海である場合は、当該外国が排他的権利を有するので、一般的に操業可能な海域とはいえないとするのであるから、その趣旨は外国領海であるから調整規則の規制、したがつてまたその根拠法である漁業法および水産資源保護法の規制が及ばないということに帰し、いまだこの点について言及した最高裁判所の判例は存しない現在、原判決は、刑訴法四〇五条三号にいう高等裁判所の判決と相反する判断を示したものに他ならない。

第二点 法令違反

本件第一審判決および原判決の要旨は前記のとおりであつて、これを要するに、調整規則の根拠規定である漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号に基づく各規制の及ぶ範囲は日本領海および公海にかぎられ、外国領海には及ばず、したがつて調整規則による各種規制も外国領海には及びえないとし、本件操業海域が外国領海ではない点の証明がない以上調整規則違反を認めることができないとしているものである。

しかしながら、漁業法ならびに水産資源保護法はその目的性格に照らしてわが国の領海において行なわれる漁業の規制のみを対象とするものではなく、わが国民がその他の全海域において漁業に従事する場合には、属人的にこれを規制するものと解すべきであつて、その規制の内容が他国の主権を侵すため、国際法上他国の領海において行使しえないものでないかぎり、わが国民が他国の領海において行なう漁業にも当然適用されると解せられる。これを調整規則三六条について考えてみると、その一般的禁止の効力が、わが国民が他国の領海において漁業を営もうとする場合に適用があるとすることはなんら他国の主権を侵すものではなく、他国の領海において右一般的禁止に反して無許可で操業したわが国民を処罰することは、国際法上適法になしうることであつてその国の主権を侵害することにならないばかりでなく、むしろ国際法上その外国の主権を尊重する所以であり、これらを消極に解した原判決は、漁業法六五条一項、水産資源保護法四条一項、北海道漁業調整規則三六条、五五条一項一号の解釈適用を誤つた違法があり、その結果明らかに犯罪を構成する被告人の行為につき、犯罪の証明がないとしたものであるから、右誤りが判決に影響を及ぼす重大なものであることは明らかであり、かつ、著しく正義に反するものと思料する。これを詳述すると次のとおりである。

一 漁業法、水産資源保護法の目的とその適用範囲

漁業法および水産資源保護法は、その目的・性格に照らして、わが国の領海において行なわれる漁業に適用されるのみではなく、わが国民がその他の全海域において漁業に従事する場合においては属人的に適用することを予定しているものと解せられる。

すなわち、漁業法および水産資源保護法は、漁業に関する行政法規は、その行政目的を達成する手段としての法規であり、したがつてこれを構成する各法条も、当然右の目的を反映しているものと解すべきである。されば、その場所的適用範囲についても、当該法規の趣旨・目的およびその反映としての各法条の性格を、仔細に検討することによつて決定せねばならない。

ところで漁業は、いわば国境のない海洋において、移動し繁殖する魚類の採捕等を目的とする事業であるから、必然的に一国の領海をこえて、公海、場合によつては他国の領海にまでその活動の場を求めるのはその性質上当然であつて、漁船の動力化・大型化による漁撈活動の近代化は、右の傾向に一層の拍車をかけるに至つていることは公知のことである。

されば自国の漁業秩序を維持して、国際的に水産資源の保護をはかり、漁業の発展を期するためには、自国の領海外における漁業活動に対しても当然規制せざるをえず、さらには、国際間の協力による規制すら必要とされるのである。そのためにこそ単に国際的な入会権があるにすぎず、わが国の統治権の及ばない公海についても、右両法により各種の規制が行なわれているのであつて、公海におけるわが国民の漁業に対し右両法の適用があることについては学説・判例上争いがないところである。また、わが国民が外国領海において漁業を行なう場合については、それが当該外国との条約に基づいて漁業を行なう場合であると、当該国の黙認により事実上漁業を行なう場合であるとを問わず、同様の見地からこれを規制せざるえないことは洵に明らかである。殊に本件操業海域のごときにおいては規制の必要であること言を俟たない。

漁業法はその一条において規定しているように、「漁業生産に関する基本的制度を定め、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によつて、水面を総合的に利用し、もつて漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする。」ものであつて、いわゆる遠洋漁業を含む各種漁業の調整がその重要な部分を占めていることはいうまでもないが、その他水産動植物の保護培養をはかることもまたその目的の一つと解せられるところである(漁業法五二条二項、六五条一項、六七条一項参照)。

他方、水産資源保護法の目的は、その一条において規定しているとおりこの法律は水産資源の保護培養をはかりかつその効果を将来にわたつて維持することにより、漁業の発展に寄与することを目的とする。」ものであつて、主として水産資源の保護培養に存することが明らかである。

ところで右の漁業調整とは漁業法六五条一項において例示しているとおり「水産動植物の採捕又は処理に関する制限又は禁止、水産動植物若しくはその製品の販売又は所持に関する制限又は禁止、漁具又は漁船に関する制限又は禁止、漁業者の数又は資格に関する制限」に関する規制を、また水産資源の保護培養とは、水産資源保護法四条一項において例示しているとおり、「水産動植物の採捕に関する制限又は禁止、水産動植物の販売又は所持に関する制限又は禁止、水産動植物に有害な物の遺棄又は漏せつその他水産動植物に有害な水質の汚濁に関する制限又は禁止、水産動植物の保護培養に必要な物の採取又は除去に関する制限又は禁止、水産動植物の移植に関する制限又は禁止」に関する規制をそれぞれ総称するものであつて、その対象は、はなはだ広範囲にわたつている。

漁業それ自体、前述したとおり、極めて広域に及ぶ特質を有しているうえ、漁業調整および水産資源の保護培養が、いずれもその対象においてかように広範囲にわたるものである以上、これらの調整を適正に行ない漁業法および水産資源保護法制定の目的を達するためには、単にわが国領海における操業のみならず、わが国民が事実上漁業の操業を行なつている公海および他国の領海における操業を含めて広くその規制を実施しない限り、到底その実効を期し難いものであることは、多く論ずるまでもないところである。

これをたとえば、「水産動植物の採捕に関する制限又は禁止」に関し規制をはかる目的についてみると無制限な乱獲を規制することによつて、漁業秩序を維持するとともに水産資源の枯渇化を防止せんとするにあるのであるが、かかる目的を達するためには、その規制を必要とする漁業対象地域全体について規制をはかる必要があるのであつて、右地域に属するわが国の領海および公海につき規制を実施しても、右地域内の外国領海においてわが国の漁業者が事実上操業しているにかかわれず、これに対して何らの規制も加えないこととなれば、前記の目的を達成することは到底不可能であるといわざるをえない。

また、本件に関するさけ・ます漁業について漁業調整を行なう法律上の目的は、さけ・ますに関する各種漁業を許可にかからしめることにより、許可の運用によつて、全体の採捕量を制限しもしくは採捕を許可する海域、時期等を限定し、もつて漁価を安定せしめて漁民の生活を充実させ、漁業生産力の発展を期するとともに、さけ・ますの繁殖保護をはかろうとすることにある。かような目的に照らせば、わが国民が許可なくしてさけ・ます漁業を営む行為は、それがたとえ外国の領海において行なわれようと、到底わが漁業法の放置できるものではなく、当然取締まりの対象とされているものといわなければならない。

二 漁業法ならびに水産資源保護法と外国領海

漁業法ならびに水産資源保護法の性格・目的ないしは漁業調整の意義が右のようなものである以上、漁業法ならびに水産資源保護法が、わが領海における漁業を対象とするばかりでなく、わが国民がその他の海域において漁業活動を行なう場合には、属人的にこれを規制することを予定しているものと解せざるをえない。

なるほど漁業法の規定の中には、その性質上外国領海においては行使しえないものがある。たとえば漁業権の設定(法一〇条など)、漁業の許可(法五二条、六六条など)の規定などがそれである。かかる規定があるからといつて、所管大臣もしくは都道府県知事が他国の領海内における漁業権の設定を免許し、漁業を許可することができないことは当然である。しかしながら、漁業法の規定の中にその性質上このように外国領海においては実現しえないものがあるからといつて、それは、漁業法の効力の及ぶ範囲の問題とは直接関係のないことであり、これらの規定の存在することを理由に法の効力の範囲を論ずることは、それ自体誤りである。

そして漁業法および水産資源保護法が、前記のとおり、漁業秩序の確立、漁業調整による水産資源の保護および漁民の保護を目的としているところからすれば、同法に規定する各種規制の効力は、外国領海にも及ぶと解するのが相当であり、漁業行政の実情も、これを前提として運用されているのである。

たとえば「北太平洋の海域におけるずわいがに等漁業の取締りに関する省令」(昭和四三年一月二七日農林省令六号)第一条は、「北緯四十六度の線以北、東経百四十九度の線以東の太平洋の海域(ベーリング海及びオホーツク海の海域を含む)においては、動力漁船によりずわいがに又はいばらがにをとることを目的とする漁業を営んではならないとし、その違反に対し刑罰をもつて臨んでいる(同省令一六条一項)。また、「北太平洋の海域におけるにしんさし網漁業の取締りに関する省令」(昭和四三年三月二八日農林省令一五号)第一条は、「北緯五十二度の線以北、東経百七十度の線以西の太平洋の海域(ベーリン海及びオホーツク海の海域を含む)においては、動力漁船によりさし網を使用してにしんをとることを目的とする漁業を営んではならない」とし、その違反に対し刑罰をもつて臨んでいる(同省令一六条一項)。さらに、「ニュー・ジーランド周辺の海域における漁業の取締りに関する省令」(昭和四二年七月一九日農林省令三三号)をみると、その第三条において、「ニュー・ジーランドの沿岸の基線から十二海里以内の海域においては、船舶により漁業を営んではならない。ただし、農林大臣の承認を受けて、昭和四十五年十二月三十一日までの間規制水域において底はえなわ漁業を営む場合はこの限りでない。」と規定し、ニュー・ジーランドの沿岸の基線から六海里以上一二海里以内の水域(規制水域)において農林大臣が底はえなわ漁業を許可しうることを明らかにするとともに、それ以外の漁業については、ニュー・ジーランドの沿岸の基線から一二海里以内(したがつて、ニュー・ジーランドの海域を含む)においては一切漁業を禁止する旨定め、漁業許可の範囲と、一般禁止の範囲とが異なることを明言し、ニュー・ジーランド領海において漁業を営んだものは、同省令一九条一号により処罰することとしているのである。なお、日本国とニュー・ジーランドとの間の漁業に関する協定(昭和四三年七月一七日条約一六号)により、右規制水域における底はえなわ漁業をなしうることとされているが、右協定により適法に漁業を営みうる以外の違法な操業に対しては、右協定を根拠として処罰されるのではなく、漁業法および水産資源保護法の委任に基づく前記省令によつて処罰されるのである。

これらの省令は漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号に基づく委任命令であるが、これら省令の存在は、漁業法および水産資源保護法がわが国民が漁業を営もうとする場合、その地域の如何をとわず、属人的にこれを規制しうるものであることを明らかにしているものである。

また、漁業法は、わが領海を出て行なわれることの予想される特定の漁業に対して、一般的にこれを禁止し、所管大臣または都道府県知事の許可をまつてはじめて営みうるものとする建前をとつているのであるが(たとえば五二条、六六条)、こういつた一般禁止の効力が、わが国民が他国領海においてそれらの漁業を行なおうとする場合に属人的に及ぶと解することは、なんら他国の主権を侵すものではない。むしろ、漁業法が他国の領海において漁業を営もうとするわが国民に対して規制することを予定していないと解し、これを放任するものとすることは、結果的にかかる行為を容認することともなつて、国際協力の必要な漁業の特質を無視し、国家の責任を放棄するものであつて、却つて当該他国の主権を侵害することにもなり、全く不当であるというべきである。

三 北海道海面漁業調整規則の適用範囲

北海道海面漁業調整規則は、北海道知事が漁業法六五条一項および水産資源保護法四条一項の委任に基づいて制定した規則である。したがつて、北海道知事の行政権の及ぶ範囲についてのみ適用されるのではないかと解する余地がある。

しかしながら、右調整規則は、北海道地先海面における水産資源の保護、培養およびその維持を期し、ならびに漁業取締まりその他の漁業調整を図り、漁業秩序の確立を期することを目的として制定されたものである(同規則一条)。そして漁業の特質、漁業調整の意義性格等は前記一において検討したとおりであるから、北海道地先海面における漁業秩序の維持ならびに水産資源の保護を図るためには、北海道知事の行政権の通常及ぶ範囲である領海内における漁業を規制するのみでは、到底右目的を達成しえないところであつて、北海道地先海面における水産資源の保護ならびに漁業秩序の確立のため、漁業を規制する必要がある海域には、当然右規則による規制を及ぼすことを予定して右規則が制定されていると解せられる。

現に調整規則四〇条は、「小型さけ・ます流し網漁業の許可を受けた者は、北緯四十八度の線以北の太平洋(日本海及びオホーツク海を含む)の海域においては、当該漁業を営んではならない」と規定し、わが国領海をはるかに離れた海域に本規則を適用することを定めているのである。

そして、このことは、最高裁判所もこれを認めているところである。すなわち最高裁判所第二小法廷は、昭和三五年一二月一六日判決において、エトロフ島南沖合で、かつ北海道釧路沖合約一〇〇海里にあたる公海上において、無許可でさけ・ます流し網漁業を行なつた事案につき、北海道海面漁業調整規則の適用があるとし、その理由として、「北海道漁業調整規則は、北海道海面における水産動植物の蕃殖保護、漁業取締その他漁業調整を図る目的をもつて制定されたものであるが、本件犯行の行なわれた原判決認定にかかる海面は、同規則の目的とする漁業調整上、その調整を必要とする海面であり、かつ、同海面は北海道知事の漁業取締の実力を行使することの事実上可能な水域である」ことをあげているのである(最高裁判所裁判集刑事一三六号六七七頁以下)。

これを本件操業海域についてみるに、本件操業海域は、わが国の重要な漁場である根室海域に接続し、両者はまさに一体不可分の状態にあり、このことは、わが根室海域沿岸とこれに相対するクナシリ島沿岸とが、約八海里ないし一四、五海里のまさに一衣帯水ともいうべき狭隘な海峡を隔てているに過ぎない地理的環境に照らして明白であり、さればこそわが国の漁民にとつて、本件操業海域に出漁することは容易であり、現に同海域で操業する密漁者の少なくないことも、つとに顕著な事実である。

かかる実情にある本件操業海域が、根室海域ないしは北海道沿岸水域の水産資源の保護および漁業調整上、到底無視し難い重大な影響を有することは、公知の事実に属するところである。

そして、本件操業海域が右のとおり北海道地先海面における水産資源の保護ならびに漁業調整上重大な影響のある海域であるから、従来北海道知事は、本件操業海域における漁業取締まりの実力を行使しているのである。なるほど、現在クナシリ島をソ連邦が実力で支配し、クナシリ島の沿岸線から三海里以内に立ち入ることを領海侵犯として対処しているため、事実上同沿岸線より三海里以内に立ち入つて取締まりの実力を行使することはさけているけれども、そのいわゆる領海線付近まで巡視船を派遣して、右海域に立ち入つて漁業を営みまたは営もうとする者を防止し、その違反者に対しては、その者が公海もしくはわが領海にもどつた際取締まりを実施するなどにより、取締まりの実力を行使しているのであり、かかる取締まりの実施により右海域で多発する密漁事件を検挙し、規制の効果をあげていることもまた公知の事実である。

したがつて、本件操業海域は、北海道漁業調整規則の目的とする漁業調整上その調整を必要とする海面であり、かつ、北海道知事の漁業取締まりの実力を行使することの事実上可能な水域にあたるというべきであつて、右調整規則が適用される海域であるといわなければならない。

北海道海面漁業調整規則の適用範囲内に外国領海がある場合の効果につき検討するに、同規則は漁業の許可(五条ないし三二条)と水産資源の保護培養、漁業取締まり(三二条ないし五四条)を規定しているのであつて、そのうち漁業許可、取締まりの実力行使(たとえば五〇条、四六条)など、その権限の内容から、他国の領海においては国際法上原則として行使しえないものについては格別、その余の他国の主権を侵害することのない規制措置(たとえば五条の一般的禁止、三五条ないし三八条など)については、外国領海にも及ぶと解するのが同規則制定の目的に合致するところである。

これらの規定が、外国領海においては適用されないとすることは、明らかに右規則ならびにその根拠法である漁業法、水産資源保護法の趣旨目的に反するのみならず、条理上からしても極めて不合理であるといわざるをえない。けだしわが国領海ないしこれに接続する公海においては、右調整規則に基づいて漁業を取締まつているのにかかわらず、たまたま一歩進んで本件操業海域に立ち入り、操業を行なうに至れば、もはやこれに対して何ら規制することができず、放任せざるをえないとすれば、これは健全な社会通念に照らして極めて不合理であり、到底容認されるところではないと思料する。

四 北海道海面漁業調整規則の適用範囲についての原判決の判断の誤り

原判決が、本件について、北海道海面漁業調整規則三六条四号、五五条一項一号が適用されるのは、わが領海および公海のみであつて、外国領海に及ばない理由として説示するところは、いずれも失当であつて、到底承服し難い。以下順次その謬論である所以を論証する。

(一) まず原判決は、調整規則の根拠法である漁業法および水産資源保護法の規定している公共用水面またはこれと連接一体をなす非公共用水面の意義に関し、「漁業法および水産資源保護法がともに、場所的には、公共用水面またはこれと連接一体をなす非公共用水面につき適用されることは、漁業法三条、四条および水産資源保護法二条、三条によつて明らかであるが、右の公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面の意義ないし範囲は、必ずしも明らかでないから、右両法中のある条項の適用の可否を問題とするに際しては、右両法全体および当該条項の目的、趣旨等を勘案して右の意義ないし範囲を決すべきであるとともに、本件のように、適用の可否が問題となる条項が罰則であるときは、右の公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面は、場所的規制範囲を限定する構成要件要素として理解しなければならない。本件においては、この観点から、まず漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号における公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面の意義ないし範囲が、――構成要件上場所的規制範囲を限定するものとして――問われることになる。」と説示し、漁業法および水産資源保護法は、公共用水面またはこれと連接一体をなす非公共用水面に適用されるものであり、罰則の場所的適用範囲を考えるにあたつては、右を構成要件要素として理解すべきであるとしている。

しかし原判決の右見解は、漁業法三、四条および水産資源保護法二、三条の趣旨を誤解した結果、右両法の場所的適用範囲を論ずるにあたり、まずその基本的な発想方法において、誤りをおかしているものといわざるをえない。すなわち、元来漁業法三、四条および水産資源保護法二、三条の規定は、旧々漁業法(明治三四年法律三四号)二条の「私有水面ニハ別段ノ規定アル場合ヲ除クノ外本法ノ規定ヲ適用セス」との規定を受けついだものであり((旧漁業法(明治四三年法律五八号)二条、三条参照))、さらにこれをさかのぼれば、官有地取扱規則(明治二三年勅令二七六号)、公有水面埋立及使用免許取扱方(明治二三年内務省訓令三六号)等に由来するものであつて、その趣旨とするところは、要するにわが国内の私有水面には、原則として公法たる漁業法および水産資源保護法の効力を及ぼさないとするだけの意味しか有さないのである。すなわち漁業法三条および水産資源保護法二条は、公共の用に供しない私有水面には原則として同法を適用しない旨を定めているにすぎず、同法の場所的適用範囲に関して、いわばその内延的限界を示すにとどまるものであり、漁業法四条および水産資源保護法三条は、かかる私有水面であつても、それが公共用水面と連接一体をなすものについては、例外として同法を適用することを定めているにすぎないのである。したがつて、右規定は漁業法および水産資源保護法の場所的適用範囲そのものを定めているものではなく、両法の適用範囲の外延がどこまで及ぶかは、右規定の関知するところではないことが明らかである。

しかるに原判決は、右規定が法の適用範囲そのものを規定しているとなし、同法が適用されるのは公共用水面またはこれと連接一体をなす非公共用水面に限られるとし、さらに漁業法五六条一項一号、水産資源保護法四条一項一号に基づく北海道海面漁業調整規則の適用を考慮するについては、操業海域が右公共用水面またはこれと連接一体をなす非公共用水面に該当するかどうかが構成要件要素として検討されなければならないとしているのであつて、右見解は、右調整規則の根拠法である漁業法三、四条、水産資源保護法二、三条の意義を誤解した不当な見解であるといわなければならない。

漁業法ならびに水産資源保護法の場所的適用範囲については、これを正面から定めた規定がなく、同法の性格、目的、漁業取締法規の体系等を総合して検討せざるをえず、これによれば日本の領海はもとよりのこと、これを越える公海および外国領海についても、わが国民が漁業を行なう場合には属人的に適用されると解すべきことは前記一、以下において詳論したところである。

(二) 次に原判決は、漁業法六五条一項一号、および水産資源保護法四条一項一号が、いずれも主務大臣または都道府県知事に、水産動植物の採捕等に関する制限または禁止についての命令を定める権限を付与している目的について考察すれば、前者の場合は、乱獲を抑えて水産資源の適正な利用ないし保護培養を図るとともに、自由競争を制限して、漁価の安定をはかり、漁業に頼らざるをえない多くの中小規模の漁民を保護することにあり、後者の場合は、右のうち、特に水産資源の適正利用ないし保護培養に主眼がある点から考えて、この行政目的を強調し、右両法条の場所的適用範囲を、事実上操業可能なおよそ全海域とし、少なくとも右の海域中、そこでの操業がわが国における水産資源の適正利用ないし保護培養と漁民保護とに相当な影響を有する場合をこれに含ませることにも一応の理由があるとしながら、「しかし、このように解するならば、右両法条の委任命令に違反する操業を行なつた場合は、その場所のいかんを問わず、現実に操業した以上事実上操業可能な海域で操業をなしたとされる公算が大きく、かくては具体的適用の場において、右両法条の場所的適用範囲を論ずる実益はほとんど失われることになろう。漁業法および水産資源保護法が一切の水域を規制対象とし、属人的に効力を持たせる法律であるのならば格別、前述したように、それは漁業法についてはその三条、四条、水産資源保護法についてはその二条、三条によつて場所的適用範囲の限定を予想していると解される以上、前記の見解を是認しうるか否かについては、さらに慎重な検討が加えられなければならない。そして、漁業法および水産資源保護法が、何といつても、漁業および水産資源保護に関する一般法であり、漁業法三条、四条および水産資源保護法二条、三条も特殊の限定された水域を規制範囲として予定しているとは解されないところであるから、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号の場所的適用範囲を論ずるにあたつて、前述した操業可能な海域であるかどうかの観点から考察を進めるとしても、それはやはり、一般的に操業可能な海域といえるかどうかを問題とすべきであろう。」として、結局漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号の場所的適用範囲を画するにあたつては、一般的に操業可能な海域であるか否かにより判断すべきであるとの基準を示している。そして原判決は、右の基準によるとわが国の領海および公海は、一般的に事実上操業が可能な海域であるといえるが、外国の領海については、「国際法上当該外国の属地的統治に委ねられ、他の国は無害航行等特別の場合を除いては、自由に使用できないのであつて、漁業についても当該外国はその領海につき排他的権利を有するのである。したがつて、国際法上わが国の漁業者は外国領海において漁業を行なうことはできず、また、もしこれを行なえば、当該外国により領海侵犯等の理由で取締まりを受け処罰されてもやむをえないところであるから、実際にもわが国の漁業者は外国の領海に立ち入つてまで操業することを差し控えるのが通例である。したがつて、外国の領海は、わが国と当該外国間の条約等の合意によりそこでわが国の漁業が許されている場合を除き、一般的に操業が事実上可能な水域とはいえない」と判示し、消極に解しているのである。

右の判断のうち、漁業法および水産資源保護法の場所的適用範囲を限定する基準として、一般的に操業可能な海域なる概念をもちこもうとする点は、漁業法三、四条および水産資源保護法二、三条の意義を誤解し、これを同法の適用範囲を規定したものと解し、北海道海面漁業調整規則六条、五五条一項一号の関係においては、その適用範囲が構成要件要素にあたると誤解した結果によるものであつて、その誤りであることについては、すでに四の(一)において指摘したとおりである。

つぎに、原判決のいう、「一般的に操業が可能な海域」なる基準がいかなる趣旨であるのか必ずしも明確ではないが、国際法上外国領海は当該外国が排他的権利を有し、わが国民は外国領海において漁業を行なうことはできず、実際上もわが国民は、当該海域での操業を差し控えるのが通例であるから、結局、外国領海は一般的に操業が可能でないこととなるとしているところからみれば、国際法上外国領海に立ち入つて適法に漁業を行なうことは原則としてできないのであるから、すなわち一般的に操業が可能でないとしているものと解せられる。かかる見解は、法令上漁業の操業が禁止、制限されていること自体をとらえて、直ちに事実上も操業が不可能であると速断するものであつて、明らかな謬見である。操業が可能であるか否かの問題は、法令上の禁止・制限の有無によつてではなく事実上、可能か否かによつて決定されるべきものである。

結局、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号に基づく北海道海面漁業調整規則の適用範囲の基準として、一般的に操業が可能な海域との概念をもちこもうとする原判決の判断は、国際法上の概念をそのまま漁業法の解釈にもちこもうとするものであつて、その誤りであることは、前記一ないし三において詳論したところである。

(三) また原判決は、調整規則三六条が、さけ刺し網漁業等を一般的に禁止し、行政庁の許可または免許により解除される場合のあることを規定している趣旨よりして、その禁止の場所的範囲は許可等の性質、範囲の観点からも考察しなければならないとしたうえ、「もつとも一般的にいつて禁止の範囲と許可等の可能な範囲が常に一致しなければならないということはなく、それは場所的範囲についても例外ではないということはいえるかもしれない。しかし、前記のように許可等による解除が留保されている場合における漁業の禁止についての違反は、やはり許可等を受けないで禁止に背き漁業を営んだ場合を指し、許可等の可能であることを前提としていると解するのが相当であり、この場合の禁止が許可等のおよそありえない水域における漁業をも規制の対象として含んでいると解することは困難である。したがつて、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号に基づく命令における禁止の場所的適用範囲は、少なくとも右命令において許可等による解除が留保されている場合においては、右の許可等の可能な場所的範囲と一致して考えられるべきものである。しかるところ、主務大臣または都道府県知事が、外国の領海について、漁業に関する許可等を与えるということは、当該外国との条約上の取り決め等により、外国がそこにおけるわが国の漁業を承認し、その結果漁業調整の必要が生ずる場合のほかは、国際法上考えられないところであり、(特に漁業権は特定の水面において漁業を営む権利であり、かつ、土地に関する規定を準用される物権とみなされる権利(漁業法二三条一項)であるが、外国の領域に属する地域についてまでこのような権利を設定できるとすることはとうてい考えがたいところである)この点らかも漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号の場所的適用範囲は、原則として外国の領海に及ばないと解するのが相当である。」と説示し、調整規則三六条は、その文理解釈よりするも、外国領海に適用がないとしている。

しかしながら、そもそも許可等と禁止とがその範囲において、同一でなければならないとする理由は、全く存しないものである。たとえば、ニュー・ジーランド沿岸の漁業につき許可の範囲がニュー・ジーランド沿岸の基線から六海里以上一二海里以内の海域に限られているのに、一般的禁止の範囲は同沿岸の基線から一二海里以内の全水域として、明らかに禁止の範囲が異なつていることは前述したとおりである。

結局原判決が、調整規則三六条、五五条一項一号が許可等のありえない地域において操業した場合を処罰する趣旨を含まないとしている判断は、全く独自の見解であつて、到底首肯し難いところである。

(四) さらに原判決は、「漁業法」一三四条において、主務大臣または都道府県知事は、漁業調整等のため必要な場合には、当該官吏、吏員をして漁場、船舶等に臨んで状況、物件等の検査をさせ得る旨規定しておりこれは漁業法六五条一項一号に関しても例外ではないと認められるが、前述したとおり、外国領海は国際法上はわが国の政権の実力を正当に及ぼし得ない地域であり、したがつてわが国は外国領海に立ち入つてまで、右の検査を含む漁業取締りの実力を行使し得ないものというべきであり、このことも、漁業法六五条一項一号の場所的適用範囲に関して前記のように解することの一つの根拠となるであろう。」として、外国領海における漁業取締まり上の実力行使が不可能であることを理由にあげている。

しかしながら、原判決の右理由は、まずその前提において、法令の適用範囲と具体的な取締まり権限の行使の範囲とを同一視する誤まりをおかしているものであつて失当である。

すなわち外国領海におけるわが国民の特定の行為を禁止することと、この禁止に反した者に対して裁判権、捜査権、行政取締まり権等を行使することとは、いうまでもなく本来区別して考えられるべきものであり、また、わが国民に対し外国領海における特定の行為を禁ずること自体は、何ら当該外国の主権を侵すものでもなければ、その取締まりの実力行使を妨げるものでもない。したがつて仮にわが国が、外国領海における操業について、全く取締まりの実力を行使しえないとしても、その故をもつて、漁業法が外国領海に適用されないとするいわれは全くないのである。されば原判決の挙示した右理由は、その前提においてすでに誤つているものといわなければならない。

そのうえ外国領海について、わが国が、漁業取締まりの実力を行使しないとする原判決の見解は、これまた漁業取締まりの実情を全く無視した独断である。なるほど、わが国が外国領海に立ち入つて、漁業法一三四条等の取締まりの実力を行使しえないことは、原判決の指摘をまつまでもなく明らかである。しかし右取締まりは、外国領海に立ち入らなくとも、事実上十分可能である。

一例をあげれば、他国の領海において操業する違反漁船を、右領海の周辺において監視し、同漁船が自国の領海内に戻つた際、これを取締まることも可能であるし、また漁業法一三四条所定の事業所または事務所に対する検査によつても取締まりの実をあげうるものである。そして現に本件操業海域についても、わが取締機関は、これに立ち入ることなく、右にあげた方法によつて、取締まりを実行しているのである。

以上いずれの点よりするも、同判決の挙示した右理由は明らかな謬見であつて、到底賛同しえないところである。

(五) 原判決は、また、一般に行政法規は、その制定機関の権限の及ぶ地域以外に効力を有しないのが原則であり、その例外として右地域をこえ属人的にその効力を及ぼさせるためには、当該法規にその旨の明文が存するか、または当該法規の目的ないし性格から、明確にその趣旨が導かれることを要するとしたうえ、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号については、右例外の場合に該当せず、したがつてこのこともまた、本件操業海域にその適用がないと解する理由であると説示している。

しかしながら、この点については、すでに一ないし三において詳述したとおり、漁業法および水産資源保護法の目的・性格に照らし、まさに漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号に基づく北海道海面漁業調整規則は、本件操業海域についてもその効力を及ぼす趣旨であるから、原判決の右判断は、その前提において失当であり、到底謬論たるのそしりを免れえないものである。

五 クナシリ島とその沿海について

さらに、原判決は、本件操業海域がクナシリ島の沿岸線から三海里以内であれば外国領海と同一視すべきであつて、北海道海面漁業調整規則三六条、五五条一項一号の適用がないとしているのであるが、右調整規則三六条、五五条一項一号の規定は、以上詳述したように、本件操業海域においてわが国民が同条所定の漁業を営むことを属人的に禁止しているものであつて、その中に外国領海があるからといつてこれを除外する余地はない。したがつて、本件操業地点が外国領海と同視される地域であるかどうかは、本来本件犯罪の成否に関係がないのであるが、第一審判決がその判断の前提としてクナシリ島の帰属問題にふれ、原判決もこれを容認しているので、その判断の誤りを指摘しておきたい。

まず、この点に関する第一審判決をみるにその要旨は、「クナシリ島は、第二次世界大戦終結前は日本国の領土に属し、日本国が統治権を行使していたところである。しかし、ポツダム宣言を受諾し降伏文書に調印した結果、ポツダム宣言七項に定める日本国領域の占領と、降伏文書八項に定める日本国政府の国家統治の権限を連合国最高司令官の制限の下に置くことを承認し、連合国最高司令官がその権限に基づいて千島列島をソ連邦に占領させ、昭和二一年一月二九日連合国最高司令官の覚書により、千島列島、歯舞群島、色丹島に対する日本国の統治権の行使を停止した結果、日本国政府はクナシリ島を含むこれら地域に対し全く統治権を行使することができなくなり、ソ連邦のこれらの地域に対する属地的統治権が事実上も法的にも承認されるに至つた。そしてかかる法的状態が現在まで変更されていないので、少なくとも日本国としては、現在ソ連邦がクナシリ島に対し属地的に統治権を行使している事実を全く根拠のないものとして否定することはできず、日本国は依然として現在なおクナシリ島に対し統治権を行使しえないものといわざを得ない」というにある。

そして、原判決は右判断を容認しているものと解せられる。

まず一審判決がクナシリ島につき、わが国の統治権が失われているとする主たる点は、昭和二一年一月二九日付連合国最高司令官より日本国政府宛「若干の外郭地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書」が「一、日本国外の総ての地域に対し、またその地域にある政府役人、雇傭員その他総ての者に対して、政治上または行政上の権力を行使すること、および行使しようと企てることは総て停止するよう日本国政府に指令する。」と命じ、右「日本国外の総ての地域」の一部として千島列島をあげている点をとらえ、以後日本国政府は、クナシリ島を含む千島列島等の地域に対し、全く統治権を行使することができなくなり、ソ連邦のこれらの地域に対する属地的統治が、事実上も法的にも承認されるに至つたと説示している。したがつて右判決は、右覚書にいう「千島列島」中には、当然クナシリ島を含むものと解しているわけである。

しかしながら、右判決の見解は、明らかに右覚書の趣旨を誤解した謬見であるといわざるをえない。すなわち、元来、条約等に用いられた字句の解釈は、それが成立するに至つた歴史的諸条件、国際法の原則等種々の要素を考慮してなされるべきものであつて、右覚書中の「千島列島」の意義についても、単に地理的呼称によつて理解することは正当ではない。

そこで、右覚書が出された根拠についてみるに、同覚書が日本国外の総ての地域に対し統治権の行使の停止を指令したのは、ポツダム宣言第八項の、「カイロ宣言の条項は履行せらるべく、又日本国の主権は、本州、北海道、九州及四国並びに吾等の決定する諸小島に局限せらるべし」、およびカイロ宣言の、「同盟国の目的は、千九百十四年の第一次世界戦争の開始以後に日本国が奪取し又は占領した太平洋におけるすべての島を日本国からはく奪すること、並びに満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還することにある。日本国は、また暴力及び強慾により日本国が略取した他のすべての地域から駆逐される」を実現する前提としての措置と解せられる。

ところで、クナシリ島の歴史等について考察するに、(1)同島を含む南千島には日本人以外のいかなる民族も定住した事実がなく、(2)同島を含む南千島は、日本以外のいかなる国の主権の下にもあつたことがなく、(3)南千島が、日本固有の領土たることは、ロシヤ政府自身一八五五年の日本国ロシヤ国通好条約および一八七五年の千島樺太交換条約において、公式に承認しているのである。したがつて、クナシリ島は、日本国が有史以来平穏公然と領有していた領土であつて、カイロ宣言によつて日本国からはく奪され、中華民国に返還し、または日本国が駆逐されるべきいずれの地にも該当しないのであり、カイロ宣言を前提とするポツダム宣言第八項によつて日本国の主権を排除されるべき地にはあたらないといわなければならないのであるから、右覚書にいう千島列島にはクナシリ島は含まれないといわなければならない。

クナシリ島を千島列島の中に含め、同島に対する日本国の主権を排除するため、これに対する統治権の行使を制限したと解することは、「同盟国は自国のためには利得を求めず、また領土拡張の念も有しない」と言明したカイロ宣言に反するのみならず、英米共同宣言(大西洋憲章)の「領土その他の増大を求めず、関係国民の自由に表明せる希望と一致せざる領土的変更の行なわるることを欲せず」との言明を引用した連合国共同宣言(一九四二年一月一日、ソ連邦も参加している)に、背反することとなる。

右の事情を考慮すれば、右覚書にいう「千島列島」中にはクナシリ島を含む南千島は含まれないと解せざるをえない。

なお、わが国は、日本国との平和条約(昭和二七年四月二八日条約五号)第二条(C)において、「日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」こととされているが、これで放棄した千島列島中にも、同様の理由により、いわゆる南千島は含まれないと解せられる。

したがつて、いずれよりするも、クナシリ島を含む南千島は、現在においてもわが国の領土であり、このことは昭和三一年九月七日の日ソ交渉に関する米国側の覚書によつても認められているところである。

次に、同判決は、前記覚書にソ連邦のクナシリ島に対する属地的統治が法的にも承認されるに至つた状態は、現在に至るまで変更されていないとし、その理由として、昭和二七年四月二八日発効の平和条約に、ソ連邦が調印しなかつた結果として、日本国とソ連邦との間では、右条約発効後もひき続き右の法的状態が継続しており、さらに昭和三一年一二月一二日発効の日ソ共同宣言により、日ソ両国間の戦争状態は、法的に終了したが、右共同宣言は、クナシリ島の法的地位について、何ら規定していないから、南千島については、同宣言発効後も、当分の間は、降伏文書調印以後の状態を継続させ、領土問題の最終的解決は、後日締結されるべき平和条約に委ねられたと解すべきである旨説示してある。

しかしながら、同判決の右見解は、これまた失当であつて承服できない。すなわち、平和条約の発効と同時に、ポツダム宣言と降伏文書は、その存続の根拠と効力を失い、連合国によるわが国の領土の集団的占領は、全面的に消滅に帰し、その結果として、わが国の領土に対する占領の継続は、その根拠を欠くに至つたものである。ソ連邦は、平和条約に署名せず、したがつて国際的には、同条約発効後も、日ソ間に戦争状態が継続しているともいいうるのであるが、ポツダム宣言にもとづく集団的占領は、既に消滅し、極東委員会も、連合国日本理事会も、連合国最高司令官も、その他占領に関するすべての機関は廃止され、ソ連邦のみならず、すべての連合国は、占領を継続しうる地位を失つたのである。それ故、独りソ連邦のみが、占領を継続しうる理由はないのである。そして日ソ共同宣言成立により、戦争状態終了後におけるソ連邦の南千島占領継続を、わが国において容認した事実はなく、単に交渉開始の時期を後日に譲つたにすぎないのであるから、最終的解決が行なわれるまでの間の占領が、適法となるいわれは全く存しない。してみれば、わが国は、過去および現在において、クナシリ島の領土権を失つたものではなく、依然として統治権を保有することは、まことに明瞭であり本件操業海域についても、もとより同様であるが、ソ連邦が事実上同島を支配している現状にあるため、統治権の行使が阻害されているに過ぎないものと解すべきである。右判決がソ連邦において同島を現実に支配しているが故に、あたかもわが国の統治権が及ばないもののごとく解しているのは、正鵠な判断と称し難い。これを要するに右判決は、前出の覚書に関する解釈を誤つた結果、あたかもソ連邦がクナシリ島を合法的に支配しているものと誤解し、わが国の統治権がこれに及ばないもののごとく判断したものであつて、その謬論であることは明らかであり、右一審判決の見解を無条件に容認した原判決も、これまた失当たるを免れないのである。

第四 結語

以上要するに、北海道海面漁業調整規則は外国領海には及ばないとし、本件操業海域が外国領海と同一視すべき場所ではなく、公海であることの証明がない以上犯罪の証明がないことに帰する旨の判断を示した原判決は、高等裁判所の判例に違反するばかりでなく、漁業法、水産資源保護法ならびに北海道海面漁業調整規則の適用範囲についての解釈を誤り、ひいて同調整規則三六条、五五条一項一号の解釈適用を誤つた違法があつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであり、かつ著しく正義に反するものであるから、いずれの点からするも破棄を免れないものと思料する。

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